ピーター・バス司教



これは、あくまで一般的な記述であり、すべてを網羅しているものではありません。他の方が書けば、また別のものができるでしょう。まず本質的なものをあげ、そしてジェネラルチャーチと、その夢と希望、ならびに習慣をいくつか描ければ、と思っています。

小史


ニューチャーチは英国と米国で、ほぼ同時期にスタートしました。英国ではジェネラルコンファランス・オブ・ニューチャーチ、米国ではジェネラル・コンヴェンションです。ある時期には、英国のマンチェスターに、七つの教会がありました。この二つの組織には一時期、約七千人がいましたが、両方ともやや縮小して、今日では約二千人となっています。

ジェネラルチャーチは、ある教職者たちが、著作(Swedenborgの神学著作)は主のみことばにちがいない、と確信した時からスタートしました。主が新約・旧約の聖書を啓示されたように、主は著作も啓示された、と信じたのです。それゆえ、著作はスウェーデンボリの作ではなく、主の御業です。そこから米国における「アカデミー運動」の進展し、1876年にペンシルヴァニア、ブリン・アシンにおいてニューチャーチ・アカデミーが創立されました。そののち、1891年にジェネラル・コンヴェンションと分離した教会が形成されます。

 

不幸なことに、最初の司教である、ウイリアム・ヘンリー・ベナードは、おそらくは高齢のためか、独裁的な司教になってしまいました。1897年には、全教会は彼を去り、W.F. ペンデルトン司教を最初の司教として、「ジェネラルチャーチ・オブ・ニューエルサレム」を創ります。そののち会員数はゆるやかですが、確実に伸びてゆきました。会員になるには、20歳となり、洗礼によってニューチャーチに導き入れられなければなりません。今日では4,760名の成人会員がおり、子供と支持者を合わせると14,905名となります。会員数は、ある4年を除き、その歴史のすべてを通じて毎年のびてきました。

 

ジェネラルチャーチは世界30ケ国に会員がいます。最も会員が多いのは米国で、会員の70%以上と多数を占めています。次に、南アフリカとカナダが続きます。(両者ともに約10%) そのため他の地域の会員は、多くはありませんが、この15年でガーナでの伸長は特筆に値します。(1986年において、ガーナには会員が一人でしたが、今では284名で、これに子供たちが加わります。ガーナには学校が二つあり、それぞれ200名の生徒がいます。)ブリン・アシンは最大の集会であり、毎日曜には800名から900名の方が礼拝に参加しています。

 ジェネラルチャーチはそのはじめから、子弟の教育に力を注いできました。米とカナダには小学校が8校、南アに1校、ガーナに2校があります。ブリン・アシンのニューチャーチ・アカデミーには、生徒数は265名のセコンダリー・スクール(中学・高校をあわせたもの)、生徒数140名の大学、生徒数8~10名の神学校があります。  さらに、教育局を設け、学校を支援するだけではなく、集会や日曜学校、各家庭への教材等の提供をも行っています。子供向けの本や課題は、他国語にも翻訳されており、スウェーデン語やオランダ語、ズール語、ポルトガル語といった具合です。

この数十年の間、ジェネラルチャーチは、著作の学習に興味をいだく人々を見出そうとして、さらに手を伸ばしています。この仕事を行うため、伝道局(Office of Evangelization)を設置しています。その企ては多岐にわたっています。教会に関する本やパンフレットを、チェコ語やロシア語等へ翻訳する支援をしています。著作や行っている事業を人々に紹介するために、ウェブサイトを開設しています。(www.Newchurch.org)そこから新教会に関する情報を提供し、礼拝場所の紹介や、教義に関する一般的質問への回答も載せています。

 この十年から二十年の伝道活動では、数々の集会の育成に力を注ぎました。アリゾナ州のトゥーソンやコロラド州のボールダーは、20名そこそこが出席する小さいグループでしたが、いまや100名を超える集会となりました。そのほかの集会の周辺にも働きかける努力をしています。さらに、ガーナやケニアなどにある教会の成長を支える活動をも行っています。

 

この活動の結果は、ジェネラルチャーチの成人会員の大幅な増加として、目にすることができます。